カテゴリアーカイブ: ひとりごと
リボン (作詩・作曲 槙健一)
2010年08月09日
2010年8月9日 長崎原爆記念日
今日、長崎平和祈念式典が行われました。
また、先日は長崎原爆資料館へ行ってきました。
私は被爆2世なので、 よく父から被爆体験をきかされました。
ですが、平和ボケしている私の頭はいつも、
どこか、遙か昔に誰かが体験した
遠い記憶の物語のような気がして、
父の被爆体験の話しを聞いた後は
目の前のテレビのギャグに
バカ笑いしている
そんな私を含め今の日本の人達にとって
今日の平和は当たり前の事として
明日が来るのは大前提として
日々生きていると思います。
父母がどんなに酷く、
辛い経験を積んでいたとしても
私には理解の範疇を越えていましたし、
今日食べるごはんがないなんて
明日の保障がないなんて
想像だにできませんでした。
でも、目の前の一つ一つの
パネルが
写真が
遺品が
わずか65年前に
確かにこの地で起こった事を
静かに証明していました。
被爆2世として
やれる事、やらなければならない事を考えます
たぶん、
何にも出来ないと思います。
だけど、
千羽鶴に一つ、一つ
平和への思いを込めて
折られた気持ちを感じ取る事は出来ます。
だれか、隣の人に
少しだけでも語る事はできます。
展示場の上のスロープから
下の展示場を眺めていました。
修学旅行の小学生達の
平和な笑い声と
展示物のギャップをぼんやり見ていました。
平和を考える事が出来る時点で
平和なんだと改めて思いながら・・・
毎年、この日になると
心に思う歌があります。
PEACE BEAT CLUBを結成し
志半ばで若くして亡くなった
長崎出身の槙健一さんは
「戦争反対」と叫ぶよりも
「平和賛成」を唱えたい と
「リボン」と言う曲を発表し
音楽を通してメッセージを伝えることで
平和の大切さを感じてほしいと
活動されてました。
(槙さんの志は弟さん達で受け継がれています。)
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PEACE BEAT CLUB 発起人 槙健一の言葉
YES!PEACE!!
「平和賛成」
僕等が願う平和とは
些細な喜びであったり
夢を掴んだ瞬間であったり
他人の痛みを感じれることであったり
自分の喜びを分け合えることだったり
心の豊かさのスペースは誰もが違う
そして僕等の願う平和とは
武器より軽く持ち易く
地球より重く大切なものである
槙健一
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作詩・槙健一
作曲・槙健一
素敵な街だと 訪れてきた人々は言う
あの石畳も上り つめれば どこか切ない夢の中ヘ
祈りを込めて今 千羽の鶴を飛び立たせよう
大地を踏みしめた平和の像も
指を掲げてる 高 く高くと掲げている
◆どんなに風の中へ 悲しみ飛ばしても
この長崎(まち)はあの日を忘れない
涙に唄う歌は 明日への希 望の歌
心に響けば 天まで届く
そして今 僕らが願いを込めた リポンが風に舞う
ひまわりが空を仰ぎ 太陽を眺め
あ の焼けた夏の日も 咲いていたのか
怯えた心に強く強くと 叫んでいたのか
あの日の黒い雨が 街を呑み込んだ
痛みと怒りと 涙の日よ
暮れゆく夏の空に 涙が落ちてくる
帰らぬ友よ 無駄にはせぬと
だから今 僕らはピースを掲げ 平和を祈り続けよう
◆Repeat
◇ 今日のために 明日のために 永遠のために
いつか僕らが 命果てても 平和が消えないように
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カテゴリ: ひとりごと 語り継ぎたい歌(曲)
INORI~祈り~
2010年08月07日
2010年8月6日は65回目の広島原爆記念日
広島の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデルは
佐々木禎子さん
(ささき・さだこ 1943年1月7日~1955年10月25日)
2歳で被爆し、たった12歳で
この世を去らなければならなっかった少女が
病床で病気と闘いながら
「千の鶴を折れば願いがかなう(病気が治る)」
との言い伝えを信じ
薬の包み紙などで、必死に生きたいとの祈りを込めて折った鶴
一折、一折、その小さな胸の中にあったものは
生への渇望、死への恐怖、別れのつらさ、
そして祈り・・・だったのだろうか
彼女の甥にあたる佐々木祐滋さんが作詞・作曲し
平和への祈りと願いを後世に伝えたいと
つくられた歌「INORI~祈り~」は
そんな彼女の心をストレートに
最後は感謝へと至る思いまでを
シンガー・ソングライターの
くみこさんが歌いあげています。
あの日と同じ青い空に白い雲
暑い日差しの中で感じる事は
日々の感謝、ただ生きられる事の有り難さ、
平和への祈り
果て無くこの平和が続くよう 切に・・
INORI~祈り~
作詞:GOD BREATH 作曲:佐々木祐滋
別れがくると知っていたけど 本当の気持ち言えなかった
色とりどりの折り鶴たちに こっそり話しかけていました
愛する人たちのやさしさ 見るものすべて愛しかった
もう少しだけでいいから 皆のそばにいさせて下さい
泣いて泣いて泣き疲れて 怖くて怖くて震えてた
祈り祈り祈り続けて 生きたいと思う毎日でした
折り鶴を一羽折るたび 辛さがこみ上げてきました
だけど千羽に届けば 暖かい家にまた戻れる
願いは必ずかなうと 信じて折り続けました
だけど涙が止まらない 近づく別れを肌で感じていたから
泣いて泣いて泣き疲れて 折り鶴にいつも励まされて
祈り祈り祈り続けて 夢をつなげた毎日でした
別れがきたと感じます だから最後に伝えたい
本当に本当にありがとう 私はずっと幸せでした
泣いて泣いて泣き疲れて 折り鶴にいつも励まされて
祈り祈り祈り続けて 夢をつなげた毎日でした
めぐりめぐり行く季節をこえて 今でも今でも祈ってる
二度と二度と辛い思いは 誰にもしてほしくはない
誰にもしてほしくはない
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カテゴリ: ひとりごと 語り継ぎたい歌(曲)
蛍の訪問
2010年06月21日
蛍が遊びに来てくれました。
網戸が少し開いていたようで、
部屋の中にふ〜っと入ってきて
ゆうらゆうら光を放ちながら跳び回っていたので、
思わず、部屋の明かりを消して
しばらく眺めてました。
その後、逃がしてあげたらうれしそうに飛んでいきました^^
マウスに止まった所を写真にとって
twitterでつぶやいたら
写真だけでも癒されるって言ってもらったので
ここの日記にもUP^^
暗闇に輝くほのかな光は
結婚相手を探すサインだとか
「短い一生を必死でいきてるから
蛍の光に癒されるのかな」って
ぼんやり思う、至福の時でした
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初心
2008年04月09日
千利休の言葉に、「稽古とは 一より習い十を知り 十よりかへる もとのその一」 とゆう教えがありますが、 私は、稽古とゆうところをあえて「商道は」として座右の銘にしています。 仕事にいきずまったり、 おごり高ぶった態度をお客様にしてしまったりした時、 ひどく落ち込みます。 「初心にかえろう」そう思い、ふと気が付きました。 私には、初心がない! 引出の中も 箪笥の中にも 車の中にもどこにもない….→続きを読む:
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カテゴリ: ひとりごと
花器
2004年11月09日
毎年、お正月になると私は決まって ある器を使う。 もう、数年も昔、まだ私が 親の店で従業員として働いていた頃、 休みがとれるといつもふらーっと行く所があった。 そこは、県民の森の入口の自然豊かな所で 築ン十年という古い民家を借りて 大坂から来た陶芸家のおねーさんが、 ひとりで窯元をひらいているお家。→続きを読む:
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